はじめに
2月から世界中での流行を見せている新型コロナウィルスは、私たちの生活だけでなく、働き方までも変えようとしています。工業化社会が大量生産のための大量雇用を、情報化社会がテレワークを生み出したように、人々は時代に合わせ働き方を変えてきました。今回のコロナ禍は中国の働き方にどのような変化をもたらしているのでしょうか。今回は「フレキシブルな働か方」をテーマとして紹介していきます。
労働コストを最低限に抑える
フレキシブルワーカーを利用しての雇用人数調整
飲料メーカーを例に挙げてみると、暑い季節は販売量があがり、寒い季節は下がります。このように企業の生産量、受注量は年間を通して一定ではないのが一般的です。
これまでは生産量のピークに合わせて人員を配置する企業が多く見られましたが、アウトソースや派遣などを利用すれば、柔軟に雇用を調整することができます。
【表1】 フレキシブルワークを活用しての雇用調整例
繁忙期の必要人数が2000人、最低限確保しなけれればならない人数が1000人だと仮定します。この場合、1000~2000人の間がフレキシブルワークを利用して柔軟に調整できる人数になります。
欧米や日本などでは、この部分の人材を派遣やアウトソースを用いて調整しています。中国国内において、人数の調整を行うにあたっては給与の設定や社会保険手続き、入退社手続きなど煩雑な人事労務業務が発生するので、外部の人材サービス会社に一括で処理させている場合が多いです。
新型コロナウィルスの影響により、市場と消費者の購買意欲が減少しており、業績予想を大幅に修正せざるを得ない企業が後をたちません。このまま収束に向かわなければ、大規模なリストラも現実味を帯びてきます。そんな中、必要最低限の人数は確保し、フレキシブルワークを活用しながら、将来の市場に合わせて社員を増減すれば、労働コストを最小限に抑えることができるかもしれません。
テレワークからノマドワークまで
仕事場所のフレキシブル化
今年の春節以降、在宅勤務やテレワークを一時的に取り入れていた企業も多いと思います。作業効率が上がらない、モチベーションの維持が難しいといった問題もありますが、新しいワークスタイルとして中国でも徐々に定着しつつあります。また、営業職やフリーランスの中には、固定の事務所を持たず、行く先々でカフェやコワーキング・スペースを渡り歩く人もいます。これは遊牧民の生活様式に似ていることから「ノマドワーク」とも呼ばれています。
そのメリットは、固定の仕事場を持たないことによる家賃コストの削減にあります。中国国内の高い家賃コストは、企業の収益を圧迫する要素です。IT技術の発展により、今はパソコンとインターネットさえあればどこでも仕事が出来るようになりました。現在、ベンチャーなどをはじめとした企業にとって、こういったワークスタイルは最良の選択になっています。最初は必要最低限の投資を行い、事業が安定しはじめた頃に固定の事務所を構えるのです。
【図1】 3つの労働関係
上の図は現在中国国内で用いられている労働関係を3種に大分したものです。伝統的な「通常の労働契約」にかわって、「非労働契約」や「通常ではない労働契約」の2種類が浸透してきたことは、ここまでも何度かお話してきました。これらはまとめて「フレシキブルワーク」と定義されています。今年新型コロナウィルスの影響により、注目されているのが「従業員シェア」です。
余剰人員を貸し借りして「従業員シェア」
この記事をご覧の方は、感染症の流行により「自宅待機」または「自宅隔離」を余儀なくされたと思います。この時期、みなさんはどのようにして日々の糧を得ていましたか?外出もままならず、飲食店も営業停止に追い込まれている中では、デリバリーに頼らざるを得なかったと思います。
「盒馬鮮生」はアリババグループが開発した食品デリバリー専門のアプリケーションです。ここでは生鮮食品だけでなく、調理済みのお弁当なども注文できます。「3km以内、30分以内に配達」というハイスピードを売りに急成長しています。
コロナウィルスの影響で自宅待機をせざるおえなかった都市部の人にとって、このアプリはまさにライフラインとなりました。オーダー数は昨年の春節と比べて2倍増加しています。また同類のアプリである「毎日優鮮」に至っては、去年の3倍の売上を記録しています。
足りなくなった配達員を別の飲食店からレンタル
オーダーが増えすぎたことにより、盒馬鮮生は配達員を確保できなくなりました。そこで生まれたのが「従業員シェア(中国語:共享员工)」という新たな雇用形態です。
この仕組を簡単に説明すると、人手の足りない会社が、人手の余っている会社から従業員を臨時で受け入れるというもの。北京の盒馬鮮生は、「西貝」や「青年餐厅」といった飲食チェーン間で約2700人の従業員をシェアしました。これらの飲食店に勤める従業員は、お店が営業を中断していたため宙ぶらりんになっていたのです。
シェアしている間、従業員は元の会社に籍を残しておき、社会保険などの費用も元の会社が負担します。盒馬鮮生側は業務量に基づいて賃金を支給。受注数が落ち着くか、飲食店チェーン側の営業が再開した時点で、従業員を返却する仕組みです。サッカー選手などが、期限付きで別のチームにレンタル移籍するのと似ていますね。
図2 従業員シェアの仕組み
製造業での活用も始まっていた
安徽省合肥市の「ハイアール(海爾)工業園」では、市内のレストランではたらく従業員を、冷蔵庫の生産スタッフとして一時的に雇い入れました。また山東省威海市にあるレストランチェーン店は、持て余していた従業員280人を食品加工工場に送り出すなど、製造の現場でも従業員シェアが浸透しつつあります。
従業員シェアにおける制度上の問題
実際に従業員シェアを行う場合、以下のような二つの方法が考えられます。
派遣によるシェア:まず労務派遣会社とシェアされる従業員間で労働契約を結び、業務場所を派遣元(図2のB社)から派遣先(図2のA社)に変更します。この場合、A社が労務派遣の経営資格を持っていなければなりません。
アウトソースによるシェア:派遣先が労務派遣資格を持っていない場合、A社とB社間でアウトソースまたは業務請負契約を臨時で結びます。B社側はサービス料という形でA社社に対価を支払い、これを給料としてA社社側に所属する従業員に支給します。社会保険料などもA社負担となります。但し、従業員がB社側で働いている間に労災などの問題が発生した場合、従業員はA社に帰属しているので、原則としてA社はリスクを負わなければなりません。
このように、従業員の帰属問題や労働紛争が発生した場合の責任分担などにおいては、まだまだ実例が少ないため、グレーな部分が多いようです。
また上述の「派遣によるシェア」で運用する場合、「同一労働同一賃金」という中国式派遣の大原則を守る必要があります。しかし実際には、もともと所属していた従業員に比べて給料が少なめに支払われていたケースもあったようです。
もともと「穴埋め」の目的で引っ張ってきたスタッフであるため、作業にも不慣れなことから、サービスの質も保証できません。実際、盒馬鮮生にシェアされたスタッフは、地理に明るくなく、同社の売りである「30分以内の配達」を達成できなかったケースもありました。
従業員シェアは、コロナ禍という社会が生んだ労働形態であり、シェアリングエコノミーの一種でもあります。シェアサイクルをはじめ、中国はこれまで様々なシェアリングエコノミーを生み出したきました。この従業員シェアもまた、急激なニーズの高まりを見せており、受け入れ企業-送り出し企業-従業員を迅速かつ効率的にマッチングするアプリの開発が急がれています。
新しいビジネススタイルが確立すると、雨後の筍の如く参入企業が増え、時を経て淘汰され、数社に絞られていきます。制度の上でグレーな部分も、運用しながら徐々に整えられます。
従業員シェアが本当に浸透するかどうかは、コロナ禍が収束した頃に分かるかもしれません。
参考資料
●『灵活用工对企业六大价值』-亚太人才服务研究院
●『2億人戻ってこない 人手不足の中国、従業員シェア作戦』―朝日新聞デジタル
●『共享员工模式火了,但有五个问题不能回避』-中国人力资源开发网
その他のおすすめ記事
「地域社会の一員として果たす役割-泰達医院に15万元を寄付」 阪東天津のCSR活動