中国語では、「親知らず」のことを「智齿(zhi chi)」、直訳すると知恵の歯と呼んでいます。このことを知ったのは、中国の歯医者さんに行ったときでした。
「親知らずが生えてきたから、一緒に病院に行ってほしい!痛くてたまらん!」
つい先日、日本の友人Kさんからこのようなメッセージをもらいました。中国には外国人向けの病院がありますが、個人または会社で保険に加入していなければ、高い診察費を払わされます。Kさんは現地で小さな会社を起こしたばかりで、家計は火の車。その時は海外旅行保険にすら入っていませんでした。 そこで、ローカルの歯科で診てもらう必要があったのです。すぐにKさんを連れて、自宅近くの小さな歯科医院に行きました。Kさんは診察台に上がるやいなや「さっさと抜いてくれ!」と、せがみ始めます。私はそのままの言葉で、歯医者さんに通訳しました。
医者:どの歯を抜くの?虫歯?
私:このおじさんが痛いと言っている歯を抜いてあげてください。
医者:だからどれ?
私は今年で36歳になりますが、運良くきれいに生えてきてくれたので、親知らずを抜いたことがありません。だから中国語でどう言うかも知りませんでした。「父母不知道的牙(父母が知らない歯)」と無理やり訳してみましたが伝わりません。そこで、痛がっている歯を指差しながら、「大人になってから生えてきた歯」という風に説明しました。すると歯医者さんは「なるほど、智齿(zhi chi)だね」と納得してくれました。さらに確認のため、紙にも書いてくれました。その後は簡単にレントゲンを撮り、ちゃんと麻酔をして抜いてもらいました。少し顔が腫れたそうですが、仕事には影響がなかったようです。
家に帰った後、「智齿」という言葉の由来が気になったので、インターネットで調べてみました。中国で最もよく使われているオンライン百科事典の「Baidu百科」にはこう書かれています。
「智歯または智慧歯。遺伝により、一般では16歳から30歳の間に生える歯。(中略)この時期は精神的に成熟しているため智歯と呼ばれるようになった」
ちなみに、こちらも調べて分かった事ですが、日本語の親知らずは俗称であり、正式には「第三大臼歯」と言ったり「智歯」と呼ばれているようです。なお英語では「wisdom teeth」です。どれも「智慧の歯」という風に訳すことができますね。フランス語は「dent de sagesse」で、これもwisdom
teethと同様です。どうやら各国語の親知らずの正式名称は、一つの語源に遡ることが出来そうです。
【津々浦々で生まれた、親知らずの俗称】
私が思うに、正式名称よりも俗称の方が、国による個性が表れています。
日本語の「親知らず」は、ちょうど親元を離れる時期に生えてくることから、この名前が付いたと言われています。小さい時は、新しい歯が生えてくる度に、親がよろこんでくれたものです。いつも歯を磨いてあげている母親なら尚更でしょう。しかし、大きくなって家を出ていくと、歯が生えようとも、どこで涙を流していようとも分からなくなります。
「可愛い子には旅をさせよ」。
丁稚奉公という雇用制度の下、子どもの独立を促していた日本ならではのネーミングかと思います。
中国では「立事牙(li shi ya)」という俗称があります。「立事」とは、学問の基礎を固めて、自分なりの考えをまとめ、独立するという意味です。これは『論語』にある「三十而立(三十にして立つ)」という考え方が背景にあると思われます。
中国から儒教の影響を受けている韓国ではどうでしょう。答えは「사랑니 (サランニ)」です。直訳すると「愛の歯」となり、韓流ドラマのタイトルにもありそうな、ロマンチックな名前です。16歳と言えば、段々と異性のことが気になる「お年頃」。愛という気持ちを理解するようになって生えてくるものだから、「サランニ」と呼ばれるようになったようです。
「サランニ」の痛みを経験したことのない筆者には、愛の痛みが一生分からないのかもしれません…。
【おわりに】
いかがだったでしょうか。
私達が使っている言葉は、それぞれの土地の文化を背景に生まれています。成り立ちを遡っていくと、その土地の人たちが生活の中で感じてきたきたことが、ありありと見えてくるようですね。
ぜひ、身の回りにあるものの語源を探り、先人がそこに込めた思いを感じてみてください。