先日、天津市内某大学の就職支援センターに行った時の事です。そこの主任はため息混じりにこう漏らしていました。
「最近の卒業生は卒業間近になっても仕事を探そうとしない。就職説明会をやっても人が集まらない」。
また、天津の某有名大学で日本語を教えている外国人教師はこうも言っていました。
「学部生の8割は院生に進み、残りの2割は公務員試験を受けます。就職するのは、これらに落ちた学生のみです」
表1は中国最大級の求職サイトである「智聯招聘」がまとめた、2019年卒業生の求職動向ビッグデータです。調査が行われた2018年12月の時点で、内定をもらっている卒業生は4割に達していません。注目すべきなのは「未定」の卒業生が14%もいることです。
採用ニーズ>学生の就職意欲
智聯招聘が調べた所によると、2018年の12月から5月までの間、同サイトに人材登録を行って履歴書を送った学生の数は昨年より減っているそうです。表2を見れば、企業からの採用ニーズこそ旺盛なものの、大学生の就職意欲が高くないことが分かります。
※データ源:智聯招聘(www.zhaopin.com)
卒業後も就職を急がない「慢就業」とは?
「慢就業」とは卒業後すぐに就職・進学をせず、海外旅行にでかけたり、ベンチャービジネスを考えたり、親の世話をしたりしながら、自分の道を模索することを言います。日本の大学生が「自分探し」のために卒業を遅らせるのにも似ていると言えます。こういった風潮は「90后」と呼ばれる1990年代生まれの人達が卒業の年齢に達していくことで顕著になっているそうです。「ぬくぬくとした環境で育った90后は、勤労意欲が低い」と、一刀両断にする人もいますが、実際のところはどうなのでしょう。
2019年夏の大学卒業者数は過去最多に
データ源:中商产业研究院
表3は2010年から2019年の中国全土大学卒業者数の推移です。ご覧の通り、毎年増加傾向にあり、今年は834万人の卒業者が生まれる見込みです。これは日本の卒業者数の15倍強にあたります(2018年3月卒、旺文社教育情報センター調べ)。
企業側の採用ニーズが旺盛であることは先にも述べました。しかし、卒業生が多くなるということはライバルが増えるということで、限られたポストを奪い合わなければいけません。実際、2019年春季採用の求人倍率は1.55倍で、2018年の1.68倍よりも下がっています(智聯招聘調べ)。
また、智聯招聘が行った就職に対する意識調査の結果によると、「就職が難しい」と感がじている卒業生の割合は88.1%に達しています。具体的には「とても難しい」が39.56%、「難しいが許容範囲内」が48.5%、「普通」7.41%、「少しも難しくない」と答えたのはわずか1.54%です。
臥薪嘗胆のためか?それとも現実逃避か?
これらのデータを鑑みると、「90后の若者は勤労意欲が低い」という理由で片付けることは出来ないように思います。それよりも、将来の厳しい就職戦線を勝ち抜くために、今は臥薪嘗胆しておこうという気持ちがあるようにも窺えます。
もうひとつ「慢就業」を助長する要素があるとすれば、それは親の世代に経済的な余裕があるからではないでしょうか。
中国には「穷家的孩子早当家」という言葉があります。貧しい家庭に生まれた子どもは、すぐ働きに出て、家庭を作るという意味です。以前の中国ならば、早めに学問を修め、働きに出るのが当たり前でしたが、現在は大きくなった子どもを養えるだけの経済力があります。親の援助で留学をしたり、旅行をしたりすることも可能ですから、焦って就職する必要がないのかもしれません。これは日本で「ひきこもり・ニート」が増えた状況にも似ていますね。
可愛い子には旅をさせるな
私たちが比較的若い候補者を企業に推薦した時、本人ではなく親の意向で面接や内定を辞退することがあります。 よくある理由としては「会社が遠い」とか「労災が心配」などで、中には面接についていったり、子どもの代わりに就職説明会に参加したりする親もいます。このように過保護な親がいることも、慢就業を助長している原因の一つではないでしょうか。
表4 大学卒業生が就職にあたり重視する要素
表4は2019年の卒業生が就職にあたって重視している要素を調べたものです(智聯招聘調べ)。この表から、最大の関心事は給料ではなく、自己実現や新しい知識を学べるかどうかである事が分かります。但し、これはどこの国も学生も同じですが、卒業までに明確なキャリアプデザインが出来ている学生は多くありません。現在、中国の各大学では大小の就職説明会が頻繁に行われていますが、学生向けのキャリア指導にはあまり注力していないのが現状です。今後は大学や外部の教育・コンサルタント機構による、細やかな指導が必要になってくると思われます。
「自分が本当にやりたいことが見つからず、過酷な就職戦線を勝ち抜けるかどうかが自信がない。親も援助してくれるし、しばらく様子を見よう」
これが「慢就業」の正体であり、言い方を変えれば「怕就職(就職を怖がる)」ということになるかもしれません。
文/セレクト・シェア 井上直樹
参考資料:
- 『2019年高校毕业生就业形势分析』
- 『2019届全国高校毕业生人数将达834万人 再创近10年人数新高值』
- 『大卒「就職率」は1%で 8 年連続アップ!』
- 『六成毕业生对就业形势乐观 《2019年大学生求职指南》出炉』
- 『2019大学生就业景气度报告来了!什么岗位最抢手? 』